大空を自由に飛びまわっているヘリコプターですが、全ての空を自由に飛べるわけではありません。
今回はヘリコプターが「飛んではいけない」あるいは「できるだけ飛ばない方がいい」空域や場所についてご紹介します。
ヘリコプターのパイロットであれば当然知っておかなければならないことですので、この記事を読んで勉強していきましょう。
①飛行禁止区域(現在設定なし)
飛行禁止区域については航空法および航空法施行規則以下のような記載があります。
(飛行の禁止区域)
航空法第八十条
航空機は、国土交通省令で定める航空機の飛行に関し危険を生ずるおそれがある区域の上空を飛行してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。(飛行の禁止区域)
航空法施行規則第百七十三条
航空法、航空法施行規則
法第八十条の規定により航空機の飛行を禁止する区域は、飛行禁止区域(その上空における航空機の飛行を全面的に禁止する区域)及び飛行制限区域(その上空における航空機の飛行を一定の条件の下に禁止する区域)の別に告示で定める。ただし、緊急に航空機の飛行を禁止する区域を定める必要があるため、告示により当該区域を定めるいとまがないときは、国土交通大臣は、その必要な限度において、告示をしないで、飛行禁止区域又は飛行制限区域を定めることができる。
飛行禁止区域はその区域上空全てを飛行してはならず、基本的に高度の上限はありません。
禁止区域は原則告示によって示されます。しかし例外もあって告示なしで禁止区域を設定することもあるようですね。
禁止区域に関する情報は、AIP ENR5.1及びAIP SUPsにて公示されるのでパイロットはそこで区域を確認します。
飛行禁止空域は現在のところ日本には設定されていませんが、過去には福島第一原子力発電所周辺が飛行禁止区域に設定されていました。
平成23年
・3月15日 半径30km 圏内の警戒区域の上空を飛行禁止区域に設定・5月31日 飛行禁止区域を半径20km 圏内に縮小し、半径20km から30km 圏内の緊急時避難準備区域の
空については、常に緊急時に避難が可能な準備を求めるとの措置に緩和・9月30 日 緊急時避難準備区域の解除に伴い、同区域上空を飛行する場合の上記制限を解除
平成24年・2 月24日 文部科学省が実施した、航空機による放射線モニタリングの結果に基づき、飛行禁止区域を半径3km圏内に縮小
国土交通省ホームページより
②飛行制限区域
飛行制限区域も禁止区域と同様に原則として告示で示されます。
飛行制限区域はその上空における飛行を一定の条件のもとに禁止する区域です。従って大体は高度の上限が設けられています。
飛行制限区域についてもAIP ENR5.1及びAIP SUPsで確認できます。
継続的に設定されている飛行制限区域は現在3つあります。
福島第一原子力発電所(半径3km、SFC/5000)
福島第一原子力発電所を中心とする半径3km以内の区域で、高度は地上から5000ftまでが制限区域となっています。
こちらはAIP SUPsで確認できます。
車力通信所(半径6km西側、SFC/FL190)
車力(シャリキ)通信所とは青森県つがる市にある米軍の通信所です。
この場所では弾道ミサイルの探知や追尾を目的とする「Xバンド・レーダー」が展開されています。
この周辺を飛行することで弾道ミサイルの探知や追尾に支障を及ぼしてしまうため、飛行が制限されています。
経ヶ岬通信所(半径6km北側、SFC/FL190)
経ヶ岬(キョウガミサキ)通信所は京都府京丹後市にある米軍の通信所です。
車力通信所と同様にXバンド・レーダーが展開されています。
一時的に設定される飛行制限区域
上記3つの他にも一時的に制限区域が設定されることがあります。
最近で言うと「G7広島サミット」です。
各国の首脳が集まる国際的に重要なイベントです。
この時はメイン会場であるグランドプリンスホテル広島を中心とした半径25NM(46.3km)の飛行制限区域が設定されました。高度は無制限でした。
この他にも「東京オリンピック・パラリンピック」の開催期間中は新国立競技場や各競技場周辺に飛行制限区域が設定されました。
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に伴う飛行制限区域の設定
このように国際的に大きなイベントがあるときなどは、周辺を飛行制限区域にすることが多いですね。
③危険区域(現在設定なし)
危険空域はAIP ENR5.1で確認することができます。
現在は設定されていません。
④空域制限
自衛隊や米軍の演習場などの周辺空域は「空域制限」と呼ばれ飛行することができません。
演習場では地対空の射撃訓練などが行われており、その空域を飛行すると言うことは射撃されに行っていることになるので非常に危険です。
射撃訓練の期間中のみ飛行できない場合もありますが、場所によっては常時飛行不可のところもあります。
任務でどうしても空域制限を飛行しなければならないときは、事前に関係機関と調整する必要があります。
その際も必ず許可が出るかと言われるとそうではありません。
必要がないのであれば空域制限は避けて飛行しましょう。
空域制限もAIP ENR5.1で確認することができます。
自衛隊の演習場は「R-114」のように「R」と3桁の数字によって表記されています。
米軍の演習場は「W-179」のように「W」と3桁の数字によって表記されます。「WHITE BEACH AREA」のように場所の名前がそのまま空域制限の名前になっている場合もあります。
その他にも臨時に設定されるものもあり、その際はAIP SUPやNOTAMで周知されます。
⑤自衛隊低高度訓練/試験空域
自衛隊の航空機が訓練飛行や試験飛行を行うための空域です。AIP ENR5.2で確認できます。
自衛隊の訓練/試験空域には「低高度帯」と「高高度帯」があり扱いが少し異なります。
低高度の訓練/試験空域は「Area 1」などの数字で表記され、高度としては概ね10000ft以下となっいます。
低高度と言うこともあり、この空域を使用する機体は初等練習機などに使われるプロペラの飛行機や、ヘリコプターなどが多い印象です。
事前調整は必要とされていませんが、空域内を飛行する際は無線通信により他の機体の情報を得るようにしています。
⑥自衛隊高高度訓練/試験空域
高高度の訓練/試験空域は「Area A」などの英字で表記され、高度は概ね10000ft以上となっており地上から設定されている場合もあります。
AIP ENR5.2で確認できます。
この空域を使うのは戦闘機などが多い印象です。
高高度の訓練/試験空域では入域する際に事前の調整が求められています。
低高度の空域よりも扱いが厳しいことは覚えておかなくてはなりません。
⑦超音速飛行空域
この空域は文字通り自衛隊の航空機が「超音速飛行」を行うための空域です。
他の航空機とは速度帯が異なるためあえて空域を設定しています。
しかしこの空域はFL420以上の高度に設定されているため、ヘリコプターには到底関係のない話ですね。そこまで上昇することができません。
場所としては東北の西側の日本海上に設定されています。
この空域はAIP ENR6エンルートチャートで確認することができます。
⑧回廊(CORRIDOR)
自衛隊訓練/試験機の専用回廊が設定されており、自衛隊以外の航空機がこの空域を飛行する際は、空域を管轄する航空交通管制部の許可が必要です。
回廊とは特定の航空機のための通り道のようなものです。
AIP ENR5.2又はAIP ENR6エンルートチャートで確認できます。
日本では航空自衛隊(岩国は海上自衛隊及び米海兵隊)の飛行場(千歳、三沢、松島、小松、築城、岩国、新田原)の回廊が設定されています。
これらの飛行場にはいずれも戦闘機の部隊が駐在しています。
この回廊も低いところで8000ft〜9000ftとヘリコプターにとっては高高度です。
しかし到達できない高度でもないので飛行の際は注意が必要です。
アメリカのClassBの飛行場周辺にはVFR機のための専用回廊も存在します。
⑨防空識別圏(ADIZ)
防空識別圏(ADIZ:Air defence Identification Zone)は領空侵犯に対応するために自衛隊が設定しており、外側のOuter ADIZと内側のInner ADIZによって囲まれる空域です。
こちらもAIP ENR5.2で確認できます。
この空域では日本の領空に接近する航空機の識別をしており、飛行計画と照合できない航空機があれば戦闘機が飛んできて目視確認されることになります。
正確にフライプランを記入していれば何も問題ありませんが、飛行内容に変更が生じた場合などは自衛隊のレーダーサイトに通報する必要があります。
⑩民間訓練試験空域(その他危険を伴う諸活動)
民間訓練試験空域は民間の航空機が訓練飛行や試験飛行を行うための空域です。
HOKKAIDO AREA は「HK 1-1」、TOHOKU AREAは「TH 1-1」、CHUBU/KINKI AREAは「CK 1-1」のようにそれぞれ名称が付けられています。
民間訓練試験空域はAIP ENR5.3で確認することができます。
民間訓練試験空域を使用する場合は、航空交通管理センター(ATMC:Air Traffic Management Center)に訓練試験計画を提出の上承認を受ける必要があります。
訓練試験空域を使用する航空機以外が空域を通過する場合は、事前にATMCや空港事務所で空域の使用状況を確認し飛行中は空域に入る前にControlling Facilityまたは Communication Facility に連絡し なければなりません。
このことは航空法第96条の2及び施行規則202条の4に定められています。
(航空交通情報の入手のための連絡)
航空法第九十六条の二
航空機は、航空交通情報圏又は民間訓練試験空域において航行を行う場合は、当該空域における他の航空機の航行に関する情報を入手するため、国土交通省令で定めるところにより国土交通大臣に連絡した上、航行を行わなければならない。ただし、前条第一項の規定による指示に従つている場合又は連絡することが困難な場合として国土交通省令で定める場合は、この限りでない。
(航空交通情報の入手のための連絡)
航空法施行規則第二百二条の四
航空機は、法第九十六条の二第一項(法第九十六条第六項の規定により準用する場合を含む。)の規定により、管制圏、情報圏又は民間訓練試験空域において航行を行う場合は、それぞれの空域ごとに国土交通大臣が告示で定める航空交通情報の提供に関する業務を行う機関に連絡しなければならない。
航空法、航空法施行規則
このように民間訓練試験空域に入域する際は他機の情報を入手するように努めなければなりません。
ただし例外もあります。
(連絡又は情報の聴取が困難な場合)
航空法施行規則第二百二条の五
法第九十六条の二第一項の連絡することが困難な場合として国土交通省令で定める場合は、次に掲げるものとする。
一 国土交通大臣が無線電話を装備することが構造上困難であると認める航空機が民間訓練試験空域を飛行する場合
二 航空機が地形上等の理由により前条に規定する機関に連絡することが困難な民間訓練試験空域を飛行する場合
三 前二号に掲げるもののほか、他の航空機と常時連絡を保つ必要があることその他の特別の事情により前条に規定する機関に連絡することが困難であると国土交通大臣が認める航行を行う場合
航空法施行規則
比較的低高度を飛行することが多いヘリコプターは地形の影響により、無線が届かない場合があります。
こうした例外はありますが、操縦士としては無線が届く場所やタイミングを考えて通信設定し交通情報を得るようにしましょう。
⑪潜在的な危険
ここで言う「潜在的な危険」とは、実際に空域などが設定されているわけではありませんが、その上空を飛行することがリスクになるような場所のことを言います。
それぞれAIP ENR5.3で確認することができます。
火山
日本は世界でも有数の火山大国で世界の活火山の約1割が日本にあるそうです。
気象庁によりますと現在の日本の活火山の数は111もあるそうです。
火山周辺を飛行してはいけないというわけではありませんが、いつでも噴火する可能性があると言うことは理解しておく必要がああります。
火山灰は航空機のエンジンやシステムに重大な影響を及ぼします。
特に噴火警戒レベルが上がっている火山周辺の飛行は避けるべきです。
迎撃ミサイルの発射
弾道ミサイル等の破壊措置のために迎撃ミサイルが発射される場合があります。
怖い話ではありますが有事の際は仕方のないことです。
実際に迎撃ミサイルが発射されるとなった場合にはRJJJのNOTAMで周知され、防衛省が民間航空機の安全確保に努めた上で発射されます。
高度は地表又は水面から無制限です。
高層気象観測用気球(ラジオゾンデ)の放球
高層の気象を観測するためのラジオゾンデが毎日放球されています。
放球されるのは「GPSゾンデ」と「オゾンゾンデ」の基本2種類です。
GPSゾンデ観測は稚内、 札幌、釧路、秋田、館野、八丈島、輪島、潮岬、松江、福岡、鹿児島、南大東島、石垣島、名瀬、父島及び南鳥島の観測点において毎日8:30と20:30に実施されています。
オゾンゾンデ観測は館野の観測所において毎週水曜日の14:30〜15:30の間に実施されます。(必要に応じて他の曜日)
オゾンゾンデ観測を水曜日以外に実施する場合は実施の約2時間前にRJJJのNOTAMによって周知されます。
原子力施設の上空
航空機による原子力施設に対する災害を防止するため、原子力施設上空の飛行は避けなければなりません。
どのくらいの距離を離すべきなのかは明記されていませんが、私は2NM程度は離すようにしています。
原子力施設は航空図にも書いてありますので、どこにあるのかは事前に確認しておきましょう。
⑫川崎石油コンビナート(SFC/3000)
こちらはAIP AD2 RJTT東京国際の一番下にある「Other Chart」で確認できます。
航空機による災害を防止するためにこの区域の飛行は避けなければなりません。
高度は3000ft以下です。
できるだけ避けるべき場所
ここからは番外編でヘリコプターで上空の飛行を避けるべき場所を解説します。
法律やルールで定められてはいませんが暗黙の了解のような感じです。
競馬場(厩舎:きゅうしゃ)
ヘリコプターの騒音は動物に思わぬ影響を及ぼします。
特に馬は音に敏感でヘリコプターの騒音によく反応してしまいます。
音に反応して馬が暴れて最悪の場合、馬が怪我をしてしまうと多額の賠償問題になってしまいます。
例え暴れた理由がヘリコプターの音でなかったとしても、その時に上空を飛んでいては言い訳することができません。
そういったリスクを避けるためにも競馬場周辺の飛行は避けた方がいいでしょう。
家畜場・牧場
家畜場や牧場も上記と同じような理由です。
ヘリコプターの音によって家畜が怪我をしたとか、牛が乳を出さなくなったなど色々と言われてしまいます。
面倒ごとを避けるためにも家畜場や牧場の上は飛ばないようにしましょう。
まとめ
今回は飛行が規制されている空域や場所について解説しました。
自由に飛んでいるように見えて実は色々と制約があるんですね。
空には境界線がないのでどこを飛んではいけないのかはパイロット一人一人が正しく認識しておく必要があります。
フライトの準備の際はこの記事を参考にしてみてくださいね。