冬季のオペレーションで最も気になることといえば、やはり着氷ではないでしょうか?
特にヘリコプターは飛行機など他の種類の航空機に比べて着氷の影響を受けやすいと言われています。
ローター系統を動かすためのコントロールリンケージは外に晒されていますし、機外に装備をつけることが多いのでより氷を蓄積しやすくなります。
しかしヘリコプターに限らず全ての航空機に着氷するリスクがあります。
今回の記事では着氷が航空機にどんな影響を及ぼすのか、また着氷の種類や着氷が起こりやすい状態(着氷気象状態)などについて解説していきます。
着氷による航空機への影響
着氷は航空機に対して様々な悪影響を及ぼします。
飛行中の航空機が発生させる力に対してどのような影響が出るのかみていきましょう。
飛行中の航空機には常に4つの力が働いています。
それは「揚力」「重力」「推力」「抗力」です。これらの4つの力がどのように航空機に働いているかで航空機の動きが決まります。
重力よりも揚力が大きければ上昇し、逆であれば降下していきます。
着氷が起こるとこれらの力にそれぞれどのような影響が出るのでしょうか?
■推力:翼型が変形して揚力が減る、もしくは無くなる
■重力:着氷により重量が増える。重心位置が変化する。
■推力:プロペラに氷が付き効率が落ちる。エンジンへの空気量が減少し推力が減少する。
■抗力:機体の表面積が増えて抵抗が増える。
翼に薄い氷つくだけで揚力は約30%減少し、抗力は約40%増加すると言われており、さらに厚い着氷があった場合には抗力は約80%まで増加するという実験結果もあります。
それ以外にも色々なところで悪影響が出てきます。
■エンジン:吸気口が氷で塞がれ出力が低下する。キャブレーターを有するレシプロエンジンであればキャブレターアイスが発生する。
■計器類:ピトー管や静圧口に着氷し高度計や昇降計、速度計類が正しく表示しなくなる。
■操縦系統:ヒンジやコントロールリンケージに着氷し、操縦桿やトリムの動きが悪くなる。
■通信:アンテナに氷がついて電波の状況が悪くなる。
■視界:風防に氷がついて外が見えなくなる。
このように着氷は様々な悪影響を及ぼし、航空機を非常に危険な状態にしてしまいます。
パイロットは航空機が着氷しないために最大限の注意を払う必要があります。
着氷気象状態
着氷がいかに危ないことなのかを理解した上で、どうすれば着氷を避けられるのかをみていきましょう。
一般的に着氷が起こりやすい気象状態というものがあり、これに該当する場合には飛行はやめた方がいいかもしれません。
この着氷が起こりやすい気象状態を「着氷気象状態」といい、飛行規程などの中にも出てきます。
着氷気象状態を簡単に言うとするとこのようになります。
外気温度が+2℃〜−20℃の間で目に見える水分(雨、雲など)がある状態。
ほとんどの着氷は航空機の機体表面に過冷却水滴が衝突した時に起こります。
過冷却水滴とは0℃以下になっても氷になっていない水滴のことです。
水が氷になるためには氷の種となる「氷核」というものが必要ですが、氷核ができるにはわずかなエネルギーが必要です。
しかしゆっくりと冷やされた場合にはこのエネルギーを得ることができず、水は0℃を下回っても凍ることはありません。
雲粒などの自然界の水分は上昇するに従ってゆっくりと冷やされ、外部からの衝撃等もないので過冷却水が簡単に作られます。
条件がいい時には雲粒は−40℃近くまで凍らないこともあるそうです。
我々が飛んでいる空は過冷却水滴だらけです。
その水滴に航空機が衝突すると氷になるきっかけが作られ、そのまま機体に着氷してしまいます。
着氷のリスクについて気温、水分、そして水滴のサイズに分けてみていきましょう。
気温
外気温度が+2℃〜−20℃の時に着氷は起こりやすいです。
この気温帯では雲粒はほとんど過冷却水滴になっています。
−20℃以下の気温ではほとんど氷になっているため、航空に衝突したとしても跳ね返されて着氷の原因にはなりません。
0℃ではなく+2℃なのは空力的な減圧の効果によって機体の表面で温度が2℃ほど下がることがあるためです。
気温が0℃付近では特に危険な着氷が起こります。
これは温度が高い方が過冷却水滴が機体に衝突してから氷になるまでに時間がかかり後方まで広がるからです。
この場合、後ほど説明する「Clear Ice」という着氷が形成され、翼上の気流が乱されて揚力が著しく低下します。
−20℃付近では衝突と同時に過冷却水は氷になるので、翼の形状に沿った着氷になります。
水分
外気温がいくら低くても空気中に水分がなければ、着氷することはありません。
水蒸気は気体なので機体に付着することはなく着氷の原因にはなりません。
空気中の水分が多いと雲や雨といった目に見える形で現れます。この目に見える水分のことを「Visible moisture」と言います。
外気温が低くVisible moisture がある場合は着氷の可能性があります。
水滴のサイズ
小さな水滴は機体表面を流れる気流に乗って機体に衝突することなく流れ去りますが、大きな慣性が大きいので機体表面に衝突しやすいです。
また後方まで広がり着氷の範囲を広げてしまうため、水滴のサイズは大きい方が危険と言えます。
着氷の種類
一口に着氷と言っても着氷の仕方や着氷する場所によって様々な種類に分けられます。
翼などの機体構造に着氷する場合とエンジンなどの吸気系統に着氷する場合に分けてみていきましょう。
Structual Icing(機体構造への着氷)
航空機の翼などの機体構造部への着氷を「Structual Icing」と言います。
過冷却水滴が機体表面に衝突することによって氷を形成するものです。
着氷が起きやすいのは小さい物体や鋭角の物体で、ピトー管やワイパー、アンテナなどが着氷しやすいでです。
着氷のしやすさは水滴の補足率で表すことができ、以下の式で求めることができます。
$$E=\frac{Vr^{2}}{R}$$
水滴の補足率:E
航空機の速度:V
水滴の半径:r
構造物の曲率半径:R
Structual Icingは着氷の形によってClear、Rime、Mixedの3つに分類されます。
Clear Ice(雨氷)
Clear Iceは外気温が0℃に近く(0℃〜−10℃)、水滴が大きく、また航空機の速度が速い場合に形成されやすいです。
ヘリコプターは速度は遅いですが、ローターは高速で回転しているので、ローターにはClear Iceが形成されやすくなります。
衝突面をゆっくりと流れながら氷を形成し着氷が大きくなると写真のようなHorns(つの)を形成します。
Clear Iceは硬く、重いため一度形成すると除氷装置を使っても簡単に落とすことができません。
最も危険な着氷の型と言えます。
Rime Ice(樹氷)
Rime Iceは外気温が−15℃〜−20℃で水滴が小さく、航空機の速度が遅い場合に形成されやすいです。
過冷却水滴が機体に衝突した瞬間に凍結するので、表面に沿うように薄く着氷します。
表面が荒いため揚力が減少し効力が増えます。
Clear Iceに比べて脆く除去しやすいのが特徴です。
Mixed Ice(混合型着氷)
Clear IceとRime Iceの混合型で、外気温が−10℃〜−15℃の範囲で形成されやすいです。
Induction Icing(吸気系統での着氷)
エンジン吸気系統での着氷を「Induction Icing」と言います。
吸気系統で着氷が起こるとエンジンへ供給される空気の量が減り、エンジンの性能が低下してしまいます。
また氷がエンジンの中に入ってしまうことで、タービンなどの部品を傷つけてしまい最悪の場合、エンジン故障につながる恐れもあります。
航空機のエンジンにはピストンエンジンやタービンエンジンが使われていますが、いずれのエンジンでも着氷が発生する可能性があります。
エンジンの種類別にみていきましょう。
ピストンエンジンの着氷
ピストンエンジンの着氷は空気と燃料を混ぜて混合ガスを作るキャブレター内で発生します。
キャブレターで発生する着氷を「キャブレターアイス」と言います。
キャブレターアイスはその発生要因から3つに分類することができます。
■インパクトアイス:過冷却水滴が吸気系統の表面やキャブレター内に衝突して着氷する。
■エバポレーションアイス:燃料が蒸発する時の気化潜熱により周囲の温度が低下し着氷する。
■スロットルアイス:低出力時にスロットルが絞られていることで混合気が通過する部分が狭くなり、ベンチュリー効果によって流速が速くなり圧力が低下し、温度が低下して着氷する。
実際にはこれらの要因が重なり複合的なアイシングになります。
「気化潜熱」と「ベンチュリー効果」によりキャブレター内では最大で39℃温度を低下させてしまいます。
気温が38℃の猛暑日でもキャブレター内の空気は−1℃まで下がる可能性があるということです。真夏でも油断できませんね。
キャブレターアイスは気温が−7℃〜+21℃の間で相対湿度が80%以上の時に発生しやすいと言われています。
タービンエンジンの着氷
タービンエンジンでは吸気口において低圧部を形成し、空気の温度が低下し着氷します。
吸気口に着氷すると空気流量が減少しエンジン効率が落ちてしまいます。
また、吸気口の氷がエンジン内部に入ってしまうとタービンブレードの破損やコンプレッサーストール(失速)、フレームアウト(失火)を起こしてしまいます。
まとめ
今回の記事では着氷による影響や着氷の種類についてみていきました。
航空機への着氷は航空機の性能を著しく低下させ危険な状態に陥れます。
着氷気象状態での飛行は危険と隣り合わせであり、多くの航空機で飛行が禁止されています。
防除氷装置が装備されている航空機であってもそれに完全に頼ってしまうのは良くありません。
冬の運航で雲や雨には絶対に近づいてはいけません。致命的になる前に引き返しや中止の判断ができるようにしていきたいですね。
最後にAir Safety Instituteの着氷に関する動画を見てからこのページを離れてくださいね。
動画の最後に大事なメッセージがあります。